文化財マップ

垂井町文化財マップは、垂井町内に所在する国・県・町指定文化財、国登録文化財を紹介するものです。
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当一覧を利用し、垂井町の文化財に多くの方が触れていただけたらと思います。

大石窯跡

大石窯跡

町指定

美濃国府跡の北西約2,2mに位置する窯跡で、国府や官代廃寺に供給する瓦を焼いたとされています。昭和22年の道路拡幅工事の際、大量の瓦が出土しました。

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親ヶ谷古墳

親ヶ谷古墳

町指定

全長85mの前方後円墳で、濃尾平野を一望できる山頂部に立地しています。明治初年頃に出土した15点の石製品は現在東京国立博物館に所蔵されています。

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美濃国分尼寺跡推定地

美濃国分尼寺跡推定地

町指定

美濃国分寺跡の南西約1kmにあり、国分寺と同じ軒瓦が出土しています。平成16年から発掘調査が行われ、尼寺建物の基壇の一部が見つかりました。

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千句の里

千句の里

町指定

文明8年(1476)3月6日から3日間、連歌の会が催されたため、千句の里と呼ばれます。応仁の乱の戦火を避け美濃入りしていた専順ら12人で催されました。

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竹中氏陣屋跡

竹中氏陣屋跡

県指定

豊臣秀吉の軍師・竹中半兵衛の子・重門が構えた陣屋です。屋敷の大半は消失していますが、櫓門や門扉、濠、石垣は幾度かの修復を経て現存しています。

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綾戸古墳

綾戸古墳

町指定

直径40mの円墳で、幅7~8mの周濠の一部が残っています。円墳としては大型で、古墳時代後期の首長墓とみられます。須恵器の三足壺が出土しています。武内宿...

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栗原九十九坊跡

栗原九十九坊跡

町指定

奈良時代~鎌倉初期、100以上の僧坊が栗原山一帯に営まれていましたが兵火にかかり焼失しました。現在は山中の石仏・墓石が山腹斜面に集められています。

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垂井一里塚

垂井一里塚

国指定

一里塚は旅程の目安や旅人の休憩のため主要街道の1里(約4㎞)ごとに造られました。これは中山道沿いに建つ一里塚で、南側の1基が現存しています。

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美濃国府跡伝承地

美濃国府跡伝承地

町指定

伝承地となっている安立寺はかつて府中寺と称し、近隣の有力者が国府の正庁跡を保存するために寺としたという言い伝えがあり、境内からは布目瓦が出土しています...

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松井永貞の墓

松井永貞の墓

町指定

永貞は垂井町表佐に生まれた江戸時代末期の刀匠です。初め大垣赤坂で修行し、その後松江・京都・江戸青山で鍛刀、独自の鍛刀法を編み出しました。

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しょうげん(将監)塚 付、古文書・古絵図 各1幅

しょうげん(将監)塚 付、古文書・古絵図 各1幅

町指定

将監は江戸時代初期の美濃国の代官で、南宮大社の寛永の再建時の造営奉行を務めました。綾戸村と隣村との境界争いの解決にも尽力しました。

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美濃国府跡

美濃国府跡

国指定

奈良時代、美濃国を統括していた役所の遺跡です。平成3年度からの発掘調査で、政庁など中心施設の配置や建て替えの変遷過程が明らかになっています。

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栗原古墳壱号墳及び弐号墳

栗原古墳壱号墳及び弐号墳

町指定

南宮山麓に位置し、6基の古墳で構成される栗原古墳群の内の2基です。1号墳は円墳で別称黄金墳と呼ばれ、2号墳は約44mの前方後円墳です。

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忍勝寺山古墳

忍勝寺山古墳

町指定

直径60mの帆立貝式円墳です。5世紀前半に築造されたとおもわれます。鉄鏃や銅鏃、直刀、香炉状のものが出土したと伝えられています。

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菩提山城跡

菩提山城跡

町指定

標高401mの山頂に所在、東西約150m、南北約300mを測り、その規模は西美濃最大級です。竹中半兵衛の父・重元が永禄2年(1559)築城しました。

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